私どもは毎日、様々な力に圧迫されて生きています。押し潰されて、破裂しそうに なっています。誰か助けてと、心の叫びを上げています。でも、どこに向かって叫ん でいいのか分からずに、苦しんでいます。そのような私どもに向かって、神は語りか けます。「わたしを呼ぶがよい。苦難の日、わたしはお前を救おう」。私どもがどん な時でも、どんな状態でも、神を呼ぶことが出来るように、神は御自分と私どもとを 結ぶいのちの電話線として、御子イエス・キリストを送ってくださいました。私ども がどこでも、どんな状態でも、神を呼ぶことが出来るように。「悩みの日にわたしを 呼べ」(口語訳)。 いのちの電話線である主イエスが、神を呼ぶ時に、このように呼ぼうと言われまし た。「天におられるわたしたちの父よ」。「父よ」。主イエスが用いられた言葉で言 えば、「アッバ」「お父ちゃん」です。普段着の言葉です。苦しみを纏ったまま呼ぶ のです。「アッバ」。この言葉は私どもの息です。心の部屋に溜めこんだ悩み、苦し みを、天の父に向かって、「アッバ、父よ」と吐き出すのです。祈りは呼吸です。私 どもが悩みの日、神に向かって呼吸出来るように、主イエスが私どもの口に息を注い で下さいました。それが「アッバ、父よ」。 三重県の桑名教会で牧師の妻として生きた原崎百子さんは、肺癌のため43歳で逝去 されました。呼吸困難の中で、しかし、神を呼び続けました。「わがうめきよ、わが 讃美の歌となれ。わが苦しい息よ、わが信仰の告白となれ。わが涙よ、わが歌となれ。 主をほめまつる、わが歌となれ。わが病む肉体から発するすべての吐息よ、呼吸困難 よ、咳よ、主を讃美せよ。わが熱よ、汗よ、わが息よ、最後まで、主をほめたたえて あれ」。原崎百子さんのこの祈りを、私はベッドの上で生活している高齢、病気の教 会員の呼吸、祈りの中でも聴いて来ました。言葉にならない荒い呼吸の中に、「アッ バ、父よ」と呼ぶ声がありました。 私は神学校を卒業し、伊勢の山田教会に伝道師として遣わされました。主任牧師で あった冨山光一牧師が繰り返し語られた説教があります。死ぬならば地獄へ行くこと も間違いなしという私ども罪人が、何故、神に向かって「天の父なる神よ」と呼べる のでしょうか。それは父なる神が御子イエス・キリストにおいて完璧な手続きをとっ て下さったからです。御子イエス・キリストが私どもの罪を十字架で担い、死んで、 甦って下さった。それ故、私どもは恐れることなく「天の父なる神よ」と呼ぶ神の子 とされたのです。伊勢神宮の前で、「天の父なる神よ」と呼ぶ、主イエス・キリスト にある神の子らの共同体・教会を形成することこそ、伊勢伝道の使命であると確信し ていました。
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